【時には線路から外れた旅を】「佇むひと リリカル短編集」【筒井康隆】

小説・SF
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おすすめ度

  ★★★★☆(4.0)

 走り続けて、立ち止まることを忘れたあなたに。

好きそうな人・苦手そうな人

好きそうな人

文学作品を読むのが好きな人

物語の余韻を楽しみたい人

不思議な世界観を堪能したい人

ブラックジョークが好きな人

読んだ後、考えることが好きな人

苦手そうな人

派手なSFが好きな人

娯楽小説を求めている人

理解できない物語が嫌いな人

あらすじ

ささやかな社会批判をした妻が密告により逮捕され、土に植えられてしまった。次第に植物化し、感情を失っていく妻との切ない別れは……。

宇宙の伝説と化した男が、二十年ぶりに返ってきた。かつてにぎやかだった鉱山街の酒場、冒険をともにしたロボット、人妻となった愛しの彼女。郷愁にみちた束の間の再開は……。

奇想あふれる設定と豊かな情感が融け合う不思議な作品群。

作品情報

作者:筒井康隆

ジャンル:文学(SF)

ページ数:362ページ

出版社:角川文庫

紹介・感想

あなたにとっての「常識」とはどんなものでしょうか?

社会を円滑に、快適に過ごすうえでは、マナーや常識といった共通認識は必要ですよね。

では、今の「常識」は、未来においても変わらず「常識」なのでしょうか。

常識に追われて走り続けているあなたも、少し足を止めてみませんか?

紹介

本書は日本のSF御三家(※)の一人、筒井康隆による短編集です。

※星新一、小松左京、筒井康隆の三人。

筒井康隆は「時をかける少女」「パプリカ」が代表作として有名ですね。

本書はSF的な色は薄く、文学的な内容が強いです。

題名にある「リリカル」(叙情的=自分の感情を表現する)、という副題の通りです。

単純な小話から、心に引っかかりを残す文学的なものまで。

SFはあくまで舞台装置、背景として使われているだけです。

SFが好きで、科学的な内容が出てくると興奮する、という人には物足りないと思います。

逆に、文学的な物語を読みたい、という方にはすんなり受け入れられる内容でしょう。

感想

紹介でも書いた通り、SF作家の短編集ではありますが、SF的な要素は少なめです。

中にはSF要素が全くない、ただ不思議な物語、というものもあります。

スペースオペラや科学用語が飛び交うようなSFを期待している人には、合わないでしょう。

SFの要素はあくまで舞台装置や背景、といった程度ですね。

SFの舞台を利用して、現代の人のあり方を書いている、という感じです。

また、作品はどれも独特の世界観のものです。

正直、どうやったらその発想に至るのか、というものも。

私も小説を書きますが、「頭の中身が違うのでは?」と感じる短編もいくつかありました。

ある種の狂気が作品になっている、と言えばいいのでしょうか。

Image by Jorge Guillen from Pixabay

各作品の設定も独特です。

例えば、表題作でもある「佇むひと」は昭和の日本を舞台としています。

煙草屋や駄菓子屋、喫茶店に集まる学生。イメージの中で描ける風景です。

違うのは動物が「植えられている」こと

犬や猫が道端に植えられ、やがて植物に変わっていく。

それは人間も同じで、政府の批判をした人々が道に植えられます。

以下は木に変わった人を描いた箇所からの引用です。

顔は、もはや緑がかった褐色になっていて、眼も固く閉じてしまっている。高い背を少し下り、やや前かがみになった姿勢のままである。さらされてほとんどぼろ布に近くなった衣服の間から見える両足も、胴体も、そして両腕も、すでに植物化していて、ところどころからは枝が生え、まるで羽ばたいているかのように肩の上まで大きく差し上げた両腕の先からは、ぽつぽつと緑の若芽が吹き出していた。
61ページ、8~12行目

動物が木になっていく、しかもそれが刑罰とされている。

文学的な、奇妙な世界観です。

でも、それが自然に感じられるようになっていきます。

読み進めていくうちに、そんな未来や世界があることが自然に思えてくるんです。

非常識だけど内心共感したい、そんな世界が描かれているからでしょう。

そんな狂気の世界に身を任せられることが、本書の最大の魅力です。

それぞれの短編で書かれている主題は違いますが、ある種の息苦しさは共通しています。

冗談として受け取ってもらえないバカ話、「守るもの」と山のように押しつけられる常識。

勝手な階級意識や優越感・劣等感。

そんな生きていくうえでの息苦しさが、本書を通して感じられます

ですが、現代への批判・説教という感じは、あまりしませんでした。

日常でのすれ違いや、出る杭がうたれ、文句を言われる世の中。

そこに染まって、あなたは幸せなのか? 淡々とそう問いかけてきます。

どの短編も派手さのない、泥臭い感じのする物語です。

背中を押して、勇気をくれるような物語でもありません。

でも、あなたが立ち止まれる、少しの間空を見上げたり、深呼吸するきっかけをくれます。

楽しんで、終わり! ではなく、ぜひ自分なりの答えを探してみてください。

どうしてこんな世界になったのか? どうしたらこんな世界になっていくのか?

首を傾げて世界を見てみると、少し違った景色が見えてきます。

この不思議な世界を楽しむために、ぜひ一度この本を片手に立ち止まりましょう

立ち止まった時間が、きっと「あなた」や「誰か」の生き方を豊かにしてくれますよ。

最後に、先に引用した「佇むひと」の私なりの解釈を少し書きます

この短編では、自由のない息苦しさを描いているように感じました。

今の世の中は昔に比べれば自由でしょう。

ですが、「地に足をつけて生きろ」という圧力は、常にあるのではないでしょうか。

夢を語る、あるいは人と違ったことをすると、「やめておけ」とか「どうせ失敗する」と言われる。

そして、不安になって「みんなと同じ」に落ち着いて、植物のように感情を殺して黙々と生きていく。

そんな生き方が常識となっている世の中は正しいのか? そう問いかけられているように感じました。

では、あなたが素敵な本との出会いに恵まれますように。

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