あなたは、過去に戻りたいと感じたことはありますか?
恐らく、誰しもが一度は考えることでしょう。
では、過去に戻ったことで、より厳しい現実に直面するとしたら。
それでも、あなたは戻りますか?
おすすめ度
★★★☆☆(3.5)
今を幸せに。前を向きすぎたあなたに。
好きそうな人・苦手そうな人
・日常系の物語が好きな人
・平和な物語が好きな人
・著者の他作品が好きな人
・興奮する展開(熱い物語)が好きな人
・本格的なミステリが読みたい人
あらすじ
見聞きしたことを絶対に忘れない能力を持つ高校生・浅井ケイ。
世界を三日巻き戻す能力・リセットを持つ少女・春埼美空。
ふたりが力を合わせれば、過去をやり直し、現在をかえることができる。
しかし二年前にリセットが原因で、ひとりの少女が命を落としていた。
時間を巻き戻し、人々の悲しみを取り除くふたりの奉仕活動は、少女への贖罪なのか?
不可思議が日常となった能力者の街・咲良田に生きる少年と少女の優しい物語。
(本書裏表紙より抜粋)
作品情報
著者:河野裕
ページ数:319ページ
ジャンル:ミステリ(ライトノベル)
出版社:角川文庫
備考:アニメ、映画、実写映画化原作
紹介・感想
紹介
本作は「いなくなれ群青」などの著作で知られる、河野裕によるミステリ作品です。
シリーズ7作品中の1作目で、アニメ化、映画化、実写映画化もされている人気作です。
舞台は異能力が存在する街、「咲良田」。
咲良田については文中で以下のように説明されています。
「咲良田は日本の片隅にある街で、太平洋に面していて、何とか市を名乗ってもいいくらいの
数の人々が生活していて、そのおよそ半数が特殊な能力を持っている。
能力は千差万別で、大抵は物理法則に反していて、一応公的には秘匿したいらしいけれど
人数が人数だけに誰も知らない秘密というわけにはいかない。
要するにサクラダは超能力者たちの街だということを、住民はみんな受け入れていた。」
p14、3~7行目(一部記事作成者による改行あり)
なお、能力を持っている人々も咲良田の外に出ると能力の存在を忘れてしまいます。
そのため、能力を持っている人たちは基本的には咲良田で生活していきます。
主人公の浅井ケイとヒロインの春埼美空は高校生で、それぞれ能力を持っています。
ケイは見聞きした物事を忘れない能力。
春埼は最大で3日間、時間を巻き戻す能力です。
2人は「奉仕クラブ」と呼ばれる部活動に所属し、能力を使った奉仕活動をしています。
ある日、2人の元に「猫を救ってほしい」という依頼が持ち込まれて……という物語です。
猫の救出の中で現れる謎の単語「マクガフィン」、消える手形、幽霊山の吸血鬼の噂。
絡んだ糸がほぐされるように明かされていく真相が、やがてそれぞれの優しさで結びついていきます。
感想
個人的な感想としては、可もなく不可もなくです。
謎解きをメインにしていないミステリ、青春小説です。
好き嫌いがいくぶん分かれると思います。
なごやかな日常か、退屈な日常か?
人によっては面白くないと感じそうなのは、以下の2つです。
・主人公たちの感情が見えづらい(掘り下げがあまりされない)。
・物語に起伏が少ない。
1つ目は、主人公・ヒロインが落ち着いたタイプとして描かれているためです。
ヒロインの春埼は元々感情が希薄で、主人公のケイも感情的になることはありません。
淡々と物事をこなす印象が強く、2つ目の「起伏の少なさ」にもつながっています。
2つ目は後述しますが、本作はリセットがきっかけとして物語が進みます。
そのため、ある程度は「何があっても安心」という感じがあります。
また、あくまで「日常」の中で起こる身近な事件のため、緊迫感も生まれにくいです。
逆に、おすすめできる魅力的な点は、以下2つ。
・全て平和的に進んでいくこと。
・日常の描写がきれいなこと。
1つ目はそのままです。
良くも悪くも日常の中での出来事なので、悪意ある誰かが登場することはありません。
事件も「世界征服!」とか「人類滅亡!」ではなく、「迷子の猫」とかそんな事件です。
騒ぎになっても、個人がみんなにとっての最善を求めて、意見がぶつかる感じ。
これが物語に起伏が少ない原因でもありますが、好みの問題でしょう。
2つ目。ふと目に留まったきれいな景色をそのまま文章にした、そんな感じです。
以下のような文章が好きであれば、穏やかな気分で読み進められるでしょう。
「セミの声が聞こえる。地面に沈み込んでいくような、重みをもった声だ。
日差しを受ける周囲の山々は黄緑色に輝いてみえる。
その後ろで、空だけが鮮やかに青く、雲だけが鮮やかに白い。
レジャーシートを持っていれば、適当に寝転がって過ごしてもよかった。」
p171、13~16行目(記事作成者による改行あり)
時々出てくる日常を切り取ったような文章が好きなら、本書は魅力的な一冊です。

現在を変えるのは「能力」ではなく、「あなた」
この物語の特徴は、リセットが物語の起点になっている、ということです。
物語自体は「死んだ猫を救ってほしい」という依頼から始まり、「リセット」を使います。
猫は救えたけど、前とは違う現象が起きて、違和感が生まれる。
さっきの違和感が少し違う展開を呼び寄せて、また違う行動に。
時間が巻き戻った分だけ、ネジが巻かれたように物語が進んでいきます。
この書き方は謎が謎を呼ぶ、ミステリらしい部分ですね。
もっとも、謎解きはそこまで重視されていません。
あくまで問題を解決するための手段、道のりです。
読了して感じたことは、「能力よりもどう行動するかが大切」ということです。
ケイと春埼の能力はセットにすると、ほとんど無敵の能力です。
記憶を持ったまま過去に戻れるわけですから。
でも、2人がそれを必要以上に使うことはありません。
管理局に監視されていたり、過去に失敗を経験していたり、理由はあります。
でもそれはそれとして、2人は今を生きることを重視している、そう私は感じました。
ケイは1匹の猫を救えたことを純粋に喜び、春埼は土曜日の夏祭りを楽しみにしている。
能力を使って最善を作ろう。ではなく、今を最善にする。
それぞれが変えたい過去を抱えているからこそ、今を最善にしようと努力する。
対立する人がいても、同じ方向を向けるように手を取って歩いていく。

現実は厳しいからこそ、そんな優しさが時には非常に魅力的です。
「なんとかなる」ではなくて、「なんとかしようとする」。
多少青臭くても、忘れてはいけない気持ちかもしれませんね。
では、あなたが素敵な本との出会いに恵まれますように。
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