あなたにとって「少女」とはどんな存在でしょうか?
「かわいい」とか、「子供」とか、「か弱い」とか、そんなイメージでしょうか。
本書はそんな少女たちを主人公としたミステリ短編集です。
単純な謎解きに終わらず、人間の内面に、秘密に踏み込む一冊です。
もっと深く人を描いたミステリを読みたい、そんなあなたに。
おすすめ度
★★★★☆(4.4)
人間の暗い部分も飲み込んで読書をしたい、そんなあなたに。
好きそうな人・苦手そうな人
・人間ドラマが好き
・短編ミステリが好き
・現実を追求した物語が読みたい
・伏線回収に感動する
・暗い雰囲気が苦手
・爽快な物語が読みたい
あらすじ
美しい庭園オーブランの管理人姉妹が相次いで死んだ。姉は謎の老婆に殺され、妹は首を吊ってその後を追った。妹の遺した日記に綴られていたのは、オーブランが秘める恐るべき過去だった――楽園崩壊にまつわる驚愕の真相を描いた第七回ミステリーズ!新人賞化策入選作ほか、異なる時代、異なる場所を舞台に生きる少女をめぐる五つの謎を収めた、全読書人を驚嘆させるデビュー短編集。
(本書裏表紙より抜粋)
作品情報
・作者:深緑野分
・ジャンル:ミステリ
・ページ数:304ページ
・出版社:東京創元社
・備考:ミステリーズ!新人賞、佳作入選(入選作:「オーブランの少女」)
紹介・魅力・感想
紹介
少女を主人公としたミステリ短編集です。
作者の深緑野分は第7回ミステリーズ!新人賞佳作入選し、2013年に本書の単行本で作家デビュー。
他にも「戦場のコックたち」等で直木賞候補となった、実力派の作家です。
本書は表題作(佳作入選作)を含む5作品が収録されています。
各作品はそれぞれ舞台が違い、作品ごとのつながりはありません。
表題作『オーブランの少女』は庭園オーブランの管理人姉妹の死に関する物語です。
管理人姉妹の姉を殺したのは、辛うじて女性と分かる、化け物のような汚い風体の老婆。
その後、妹も姉を追うように自殺し、犯人の老婆も数日のうちに衰弱死します。
遺されていた妹の手記には、オーブランの過去がつづられていて――。
ミステリではありますが、トリックよりも秘密が、謎解きよりも物語が魅力的な一冊です。
魅力
本書はミステリの中でも、驚かせて終わり、というトリック任せの安易なものとは少し違います。
私が感じた魅力は以下の2つです。
・登場人物たちの過去と秘密
・謎解きをおまけにする伏線、ストーリー
以下、順に見ていきましょう。
登場人物たちの過去と秘密
この短編集に、いわゆる探偵は登場しません。
事件は氷山の一角で、その裏側に隠れた過去を明らかにすることがメインです。
事件の起きた背景や過去を明らかにする過程で、自然に登場人物たちを深く見ていくことになります。
その分、事件の背景を探ることがメインのため、内容は重いものが多いです。
「事件解決! 一件落着! ハッピーエンド!」、とはなりません。
人間のドロドロとした暗い感情や、時には歴史的な背景も描かれます。
物語の始まりからもう逃げ道がなかったり、露骨な悪意が明らかになったり。
事件に関する謎と、登場人物の背景にある謎がそれぞれ重要な意味を持っています。
例えば、表題作の「オーブランの少女」では、冒頭に殺人事件が起こります。
ですが、それは「オーブラン」という名の庭園と、障害者を持つ管理人「姉妹」。
この2つの間にある歴史の1ページでしかありません。
なぜ2人は「姉妹」となったのか。
「オーブラン」の管理人となったのはなぜか。
そして、なぜ殺されることになったのか。
過去が明らかにされるにつれて、加害者や被害者に対する見方も大きく変わります。
人の奥深くに踏み込む分、薄暗く、重い雰囲気の方が印象に残りやすい一冊です。
その分、人間ドラマとしての側面が強く、非常に満足感の高い作品でもあります。
登場人物の性格や考え方、背景が徐々に明らかになっていくストーリー展開は圧巻。
人間特有の後ろ暗い感情や、キレイごとだけでは終わらない物語を読みたい人にはたまらない作品です。

謎解きをおまけにする伏線、ストーリー
本書のジャンルはミステリですが、謎解きはオマケです。
もちろん、丁寧に伏線が張られていて、ミステリとしても楽しめます。
ですが、それが完全にオマケになるほど、物語そのもののレベルが高いです。
一見すると意味が分からない描写が、実は大きな意味を持っていたりします。
例えば、下記の一文
『その晩、読書していたわたしに父が告げにきた。(中略)
「お前みたいな名病の子供を、オーブランでは治してくれるそうだ」
わたしは捨てられるのかと恐れた。わたしの何が悪かったのか、あらためるからここで暮らしたいと訴えると、父は苦い顔をした。わがまま言うんじゃない、病気持ちが、そういうことは一人前に稼いできてから言え、と。』
P28、16~18行目~P29、1~3行目より引用
この一文は表題作の「オーブランの少女」からの引用です。
主人公のマルグリットは極度の貧血があり、貧しい家族の中でも、あまり働けない事情があります。
これだけ読むと「厳しい父親だな」と思いますが、読み進めると印象が変わっていきます。
秘密や謎が明らかになるにつれて、そこに関わった人の感情や行動の理由も見えてくる。
謎を解き明かしていく描き方はミステリ、メインは人間を中心にしたストーリー、という感じです。
謎解きそのものよりも、謎が明かされたことで見える真実が胸に響きます。
感情の表現も丁寧で、重苦しい空気や安堵が鮮明に伝わるため、なおさらです。
真相を知っているから読み取れる内容もあり、2度目に読んでもより印象が深くなるでしょう。

感想
久々に「いい作者見つけたな」と喜びました。
全体的にかなりレベルの高い作者だな、という印象です。
文章はやや固めながら読みやすく、中だるみなく結末まで引っ張る展開。
読んだ後に少し考えさせられるような、人間の裏側を描き切る筆力。
世界観の作りこみにも力を注いでいるようで、本書の参考文献として20冊が挙げられています。
デビューは2010年と比較的最近で、どこに隠れていたのだろう、という感じです。
本書の「解説」でも、「インタビューで筆者に『今までどこにいたか』聞いてしまった」と書かれています。
もっとも、作者は「オーブランの少女」がミステリ処女作とのこと。
ミステリ界にとっては、まさに突然降ってわいたような登場ですね。
本書の作品の特徴は、ミステリでありながら、人間ドラマとしての比重も高いところ。
人間の感情が重要な要素となっているため、ドロドロした部分も描かれます。
小説や文章を読み慣れていない人にとっては、やや重く感じる内容でしょう。
とはいえ、「質の高いミステリを読んだ」という実感はあると思います。
ちなみに、本書の作品は全て少女が主人公です。
ですが、少女同士の恋があったり、女性差別が主題、というわけではありません。
本書の「少女」は、「か弱さ」の象徴として描かれています。
肉体的な弱さや、立場としての弱さのために、時代や環境に振り回されます。
そんな少女たちの「弱さ」が「強さ」を生む過程が、物語の中心に描かれます。
それは小さな抵抗や勇気を出した結果から、生きるため、という深刻なものまで。
登場人物たちなりの覚悟があるため、ドロリとした暗い本性も垣間見えます。
ですが、それこそが本書の最大の魅力でもあります。

なお、ミステリは最近流行のどんでん返しではなく、淡々と積み上げるタイプ。
結末と冒頭がつながった時の驚きは、そこまでありません。
思わずため息をついてしまうような、あるべき位置に収まった時の感動があります。
人の本性がのぞく怖さはありますが、それでも結末を読みたくなる魅力が、どの作品にもあります。
意図した感動ではなく、現実を描くからこその迫力が感動を誘う、そんな一冊です。
単純なハッピーエンドに飽きてきた、そんなあなたに。
では、あなたが素敵な作品と出会いに恵まれますように。
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